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鴨川日記

本を紹介していきます。

文字に添って

B.フィンク『「エクリ」を読む』(人文書院, 2015)
「エクリ」を読む: 文字に添って

「エクリ」を読む: 文字に添って

 

  現代思想の諸テクストの中でも、『エクリ』(1966)は読まれることを拒むかのような難解さをもって鳴る。著者は J.ラカン(Jacques Lacan, 1901-1981)。彼は独自のフロイト解釈で知られる精神分析家であるが、その影響力は精神病理学だけにとどまらず、現代思想にも大きな足跡を残した。ラカンはもっぱら彼のセミネール(セミナー)において口頭で自身の理論を展開していたため、彼自身が執筆したテクストはあまり多くない。そのような状況下でラカンを理解するにあたって、彼の思想のエッセンスが凝縮された『エクリ』にあたることは非常に大きな意味を持つ。しかし、彼の講義録(現在『セミネール』の名で刊行されている)にあたることができる現在においてもなお、『エクリ』を読むことは、こと初学者や専門外の者にとっては難しい。

 本書は『エクリ』の英訳を長年手がけてきた B.フィンク(Bruce Fink)によるラカン解説書である。本書の白眉は、第3章と第4章であろう。これら二つの章では明確に、副題「文字に添って」のとおり、ラカン自身によるテクストを紐解いていくスタイルをとっているのだ。『エクリ』所収の重要論文の中から、第3章では「無意識における文字の審級、あるいはフロイト以後の理性」、第4章では「フロイトの無意識における主体の転覆と欲望の弁証法」が扱われている。ラカンの晦渋なテクストの読解作業に一級の解説者が併走してくれる贅沢な一冊だと思う。

 今まで、思想家のエッセンスを抽出して読者に提示したり、思想家の思索の流れを追う形で作品の簡単な解説を行ったりするものが概説書だと勝手に思い込んでいた。しかし、この本が試みるように、テクストの精緻な読解だけを読者に提供することは、マクロな視点からラカン像を明確に記述することを断念することでもある。私にとって、原文を解きほぐすことでラカンに接近していく本書との出会いは一つの衝撃だった。本書は極めて簡潔ながらも注釈書としての性格を有しており、仏文原典や英訳と読み合わせながら取り組むことができる。読者を原典に向かわせることに成功しているのは、二次文献としては特筆すべき美点であろう。また、読了後に私も驚いたのだが、概念の整理が行き届いていて理解がすっきりしている。良質な解説書は、思想家のテクストそれ自体と向き合うことがもつ意味を原典以上に教えてくれるのだ。
 勿論、これ一冊で十分というわけではない。シニフィアン連鎖や欲望論は非常に重要であるが、それらはラカン山脈の一つの嶺に過ぎない。また、4章では欲望のグラフの解説を集中的に行っているが、そこに登場する「欲動」など中期以降のラカンにとって重要となる概念について詳しく展開されていない。しかし、当然この責を本書に押し付けるのはお門違いであり、十分にラカンの思想を理解するためには、自分で他の本をあたる必要があると思う。例えば、最新のものとして向井雅明『ラカン入門』(ちくま学芸文庫 2016)がよいと思う。
ラカン入門 (ちくま学芸文庫)

ラカン入門 (ちくま学芸文庫)

 

 概念の解説が豊富で、ラカン関係の文献にあたる上での基本知識を一通り獲得することができる。フィンクの著作に当たる前に該当箇所を一読しておくと理解が深まると思う。決して平易ではないが、熟読しようとすれば自分の理解が試されるような読み応えのある文章なので、長く付き合うことを前提に読み始めるといいかもしれない。ちなみに、『ラカン入門』でも第3章で「フロイトの無意識における主体の転覆と欲望の弁証法」の詳細な読解を行っているので、読み比べてみると面白いと思う。(HRK)