鴨川日記

本を紹介していきます。

【コーヒー・ブレイク】ジョン・ダンの詩二編の訳

 

The Complete English Poems (Penguin Classics)

The Complete English Poems (Penguin Classics)

 
対訳 ジョン・ダン詩集―イギリス詩人選〈2〉 (岩波文庫)

対訳 ジョン・ダン詩集―イギリス詩人選〈2〉 (岩波文庫)

 

 

死よ、驕るなかれ(聖なるソネット10番)

 

死よ、驕るなかれ。お前のことを強大で恐ろしいと

言ったものがいるが、そんなことはないのだから。

お前が滅ぼしたと思っている連中も、あわれな死よ、

死ぬことはないし、それにお前に私は殺せないのだから*1

お前の写し絵に過ぎない休息と睡眠からも

多くの喜びが得られる。ならば、お前からはずっと多くの喜びが湧き出るはずだ。

それに、人々の中で最も善き人たちは、今すぐにでも

骨を休め、魂を解放するためにお前とともに行く*2

お前は運命や偶然の、そして王と回復の見込めない人々*3との奴隷で

毒や戦争、疾病とともに住んでいるのだ。

その上、アヘンやまじないもまた私たちを寝かしつけられるし

それらはお前の一撃よりも良いものだ。なら、なぜのぼせ上がるのだ*4

一つの短い眠りが終われば、私たちは永遠に目を覚ますのさ。

そして死はもはやなくなる。死よ、お前が死なねばならないのだ*5

 

 

愛の錬金術*6

 

愛の鉱脈を私より深く掘った者たちは

いずこに核となる歓びがあるかを口にする。

私は愛し、手に入れ、語らった。

だが、老いてしまうまで愛し、手に入れ、語らおうとも

私はその隠れた神秘を見出すことは無いだろう。

ああ、これは全て詐欺ではないか。

未だ錬金術師の誰もエクシリルを手に入れていないのだから、

実験のついでに、もしそのうちの誰かが

芳香性の物質や薬効のあるものを手にすれば

それで妊婦のように丸い蒸留器*7は栄誉に輝くだろう。

同様に、愛する者たちも豊かで長い歓びを夢想するが

手にするのはまるで冬のように寒い、短い夏の夜*8なのだ。

 

私たちの安楽、私たちの繁栄、私たちの名誉、それに私たちの一日を

どうしてこんな価値のない泡の影に費やそうか?

愛というのは、私の召使の者であれ

新郎役という侮辱を短い間耐え忍べば*9

私が手にできる幸福をすべて手に入にできる、そういうだけのものなのか*10

「結婚するのは体じゃない、心なんだ。

夫が妻の内面を天使のように美しいと気づくんだ」

なんて事を誓う、愛で満たされ一杯の野郎は

無作法で耳障りな楽人たちの演奏にも

まさに天球の調べ*11を聞いたと誓うだろう。

女に心を期待するな。せいぜい頑張って

愛らしさと機知があるくらいさ。彼女たちはミイラ*12なんだ、それも憑りつかれている。

 

原文

 

www.poetryfoundation.org

 

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<註と鑑賞>

*1:この四行連句で詩人は死に向かって、「お前などは恐ろしくなどない。驕るな」と言っているわけだが、原文ではこの四行連句(特に3行目)にthの音が非常に多くみられる。「恐くない」と言いつつも打ち消しきれない、死に対する恐れがthという摩擦音のつっかえるような音によく表れているように思う。

*2:この四行連句も脚韻形式は最初の四行連句と同じabba型で関連が示唆されている。死に対する恐怖を克服するため、詩人は休息と睡眠のアナロジーを持ち出している。そうすると、6行目の「ずっと多くの喜びが湧き出るはずだ」という(原文でmuch more mustとリズムよく頭韻を踏んでいる)部分では、詩人は確信を表現しているというよりも自分を納得させようとしているとも思えてくる。

*3:死が我が世の春を謳歌している王族にも病人にも誰にでも訪れえるというのは、中世以降様々な芸術で扱われてきた「死の舞踏」というテーマである。

*4:回復の見込みのない患者にとって、苦しみから逃れるためには死の他にも麻薬やまじないという方法もある、ということを言っている。実際、それらは死よりも良いものと思われているからこそ死の床にある人々が手を出すのだろう。

*5:「死よ、お前が死なねばならない」というのはコリント人への手紙15章26節「最後の敵として、死が滅ぼされます」(新共同訳)より。最後の審判の際に死者が復活し永遠に生きるというのはキリスト教の終末観である。この二行連句で死は、不能なものとされただけでなく、それ自身が滅びる運命にあるものとされた。詩人はこのソネットを通して、死の不安を信仰による勝利で克服した(たぶん)。

*6:錬金術は不老長寿の秘薬にして、卑金属を金に変えるというエクシリルを製造する事を目指した学問。ダンが生きたルネサンス期にあってはすでに、似非学問として疑われていた。この詩においてダンは、愛の神秘も錬金術も詐欺だといった口調だが、つまりは愛を極めたかのような口振りでプラトニックな愛ばかりを語る、ペトラルカ以降のマンネリ化した文学的伝統を皮肉っている。

*7:妊娠した(原文でpregnant)という語は、当然人間の生殖を連想させる。

*8:oxymoronといわれる技法。

*9:つまり、教会で結婚式を挙げる時の話。

*10:ここの一文では、宮廷風恋愛(courtly love)のような文学的伝統、つまりは上流階級のよりプラトニックな恋愛がより優れた愛だという伝統を踏まえている。

*11:古代ギリシアでは、月や惑星は天球に貼り付けられており、天体の運行とは天球の回転によるものとされた。そして天球が回転する際、天体は数学的比率に従って動くので全体で至上のハーモニーを奏でるとされた。残念なことに、人間の耳には聞こえないそうである。

*12:心がない人形に過ぎない、といいたいのだろう。ただ、ミイラは洋の東西を問わず不老長寿の妙薬とされたことに留意。