鴨川日記

本の紹介を中心に活動しています。

『殯の森』

殯の森』(2007,河瀨直美)

 河瀨直美監督の代表作。カンヌ国際映画祭グランプリ受賞。カンヌ国際映画祭での受賞は、カメラドールを受賞した『萌の朱雀』以来自身2度目。『萌の朱雀』でデビューした尾野真千子が本作の主演を務めた。私にとって最も好きな部類の作品ではないが、既に4度ほど鑑賞しており、当然傑作だと思っている。なお、現時点においてはYOUTUBEで「The mouring forest」「mogari no mori」などと検索すると、全編にわたる動画を観ることができる。
 この映画は森を風が駆け抜けてゆく静謐な映像から始まる。画面は静かに葬式行列へと移って行くが、そこでは弔いという営みが如何に森とともにあるかが暗に示されている。葬列の準備には森から切り出した樹を用いているし、葬式行列は茶畑の間を抜けて森へと入っていく。画面から人がいなくなり再び森が主役になったとき、観客はそこに霊的なものを読み込まざるを得ない。霊と人間を結ぶ場所としての森と、そこで為される弔いの営み。本筋と無関係である冒頭のシークエンスだけで、何も語ることなく、物語の舞台設定、主題設定を終えてしまう技量は素晴らしい。なお、伝統文化を取り入れた作品は、文化庁の後援を得るためなのか、近年も散見される(例えば、先日レビューを掲載した『四月の永い夢』では染め物が取り上げられていた)が、『殯の森』は数少ない成功例である。伝統的なモチーフと映画の主題が見事に連動しており、単なる「芸術的な映像」やら「日本の文化の紹介」としてぎこちなく映画の中に組み込まれているわけではない。
 本作は奈良の山深いところにある老人ホームを舞台とし、妻の三十三回忌を迎える老人・しげきと、幼い息子を亡くした介護士・真千子との交流とそれぞれの弔いを描く。登場人物の心情の変化や、「死」という主題を描く上で、かなりの程度台詞に頼っており時に説明的に過ぎると感じる程である。そのため、物語の展開自体は非常に明快で、この映画が描こうとしているものを推察することはそれ程困難ではない。しかし、それでもやはり、初めて観る際にはなかなか理解が難しい場面もあるように思われる。ここでは、そうした場面の中から、二人が川を渡る場面を取り上げる。
 本作を「難しい」と感じてしまう理由は幾つかあるように思われるが、真千子がどのような仕方で息子の死を抱えているのかに関する情報が最小限しか与えられていないことは、一つの理由だろう。関連すると思われる場面は、第一に、彼女が自室で息子の遺影に線香を具えている場面、第二に、彼女が夫から「なんで手を離したの、なんで自分が生きていて息子が死ぬんだ」と怒りをぶつけられる場面の、わずか2回だと言ってよい。どちらも短く、また老人ホームの喧騒に比して音が少ないため、観客にとってやや印象の薄い場面となってしまってもおかしくはない。しかし、彼女が直接的に息子の死について発言する場面などはないため、この2つの場面の内容、つまり彼女は息子の死を自分の責任だと感じていることが、彼女の死に対する態度を理解する上で決定的に重要であることは疑いない。例えば、彼女の業務態度がやや硬かったり、失敗に対して「すみません」という言葉を口にすることは、単に我々が日常的に慣れ親しんでいる業務上の行動として理解するだけでは不適切である。彼女が夫に叱責される場面で、花を投げつけられた彼女が俯きかげんで「ごめん」と口にすることと重なり合う部分があると考えるのが適切だろう。
 このような彼女の状態に対する理解が決定的に重要であるのが、二人が川を渡る場面である。真千子はしげきに付き添って、彼の妻の弔いのために森を訪れる。しげきは途中転倒しつつも、雨の森をずんずん奥へと進んでゆく。二人は森の中を流れる小川に差し掛かる。川を渡って向こう岸に行こうとするしげきに、真千子は声を荒げ、川を渡らないで、行かないでと泣き喚く。しげきはその静止を振り切って川を渡ろうとするが、雨のため水量が増えてしまう。森が弔いの場所であるならば、川を渡るという行為は当然霊的な世界と接触を持つことを意味している。妻の弔いのために森を訪れているしげきの行動はこの点と関連するが、真千子の行動の理解のためには、これに加えて、彼女の台詞にもある通り「川が危ない」ことが決定的に重要である。彼女の夫が、彼女が「手を離した」ことで息子が死んだと言っていたことを踏まえると、彼女の息子は水難事故で亡くなったのだろうと推測が立つからだ。この場面は、しげきが死んだ妻との交流へと向かう姿を描いているだけではなく、真千子が息子の死に直面している場面でもある。この点を理解しないと、何故彼女が泣きながら「ごめん」と叫んでいるのかさっぱりわからない。しげきは真千子の様子に気付いて彼女のもとに戻り、方丈記の冒頭「行く川の流れは絶えずして…」をささやいた後、肩や頭を撫でて彼女の慰める。私は高校時代「古典」の授業が大嫌いで、当然方丈記の冒頭の文句などは理解する気にさえならなかった。「日本人の死生観」やら「日本人の美意識」やらをありがたいものとして押し付けられているような気がして、古典と名の付くものはどうも好きになれなかった。しかし、「川」にかけた洒落た引用を通して作品がもつ死生観を見事に表現し、遺された者たちの心のつながりを描くことにも成功している点で本当に感動した。方丈記が描こうとした世界観をどこか垣間見たような心持にさえなった。
 この映画は、二人が弔いを終えることをもって終わる。しげきが持参したオルゴールの音を鳴らしながら、真千子が森を仰ぎ見る。笑い声を漏らす彼女が見えなくなると、画面はまた森へと帰っていった。(HRK)